「貪と貧」
「小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものじゃない。何時でも聞けると思うから安っぽい感じがして、甚だ気の毒だ。実は彼と時を同じくして生きている我々は大変な仕合せである。今から少し前に生まれても小さんは聞けない。少し後れても同様だ。」
これは夏目漱石「三四郎」の一節です。
三四郎は田舎から東京に出てきます。佐々木与次郎に案内してもらいます。この言葉は寄席木原店(きはらだな)で落語を聞いたあと与次郎が話したものです。夏目漱石はよく寄席に通っていたそうです。そして三代目小さんを気に入っていました。小さんの得意ネタは「らくだ」「碁泥」「にらみ返し」「天災」などがあります。人格者で東京落語協会の二代目会長もつとめています。「噺家でも、芸をちゃんとやろうという者は、正しい心を持たなければいけない。正直にして正しい心をもってやるんだよ」という言葉は彼の人となりをよく表しています。その生き方や芸は林家彦六・五代目古今亭今輔・六代目春風亭柳橋・七代目三笑亭可楽らに影響をあたえ、ことに林家彦六は、常に小さんの心で居るようにと浅草稲荷町に住み、「小心居」を自戒・座右の銘としていたそうです。
その三代目小さん師匠「金はためるな、金は残せ」とも言っていたそうです。「金はためるな。金は残せ」何か矛盾しているように思いますが、その意味は、ためようためようとすると、出すべきものも出なくなる。切っ先が鈍る。出すべきものは気持ちよく出しなさい。ケチケチするなということのようです。
さて貯めて出さないことを「貪」と言います。「貪・瞋・痴の三毒」の貪字です。
白川字通には「貪の字はむさぼる。今+貝の会意文字。「今」は器物の蓋の形。器中に物を蔵して、用いることがないのをいう」とあります。
「お金はためるな。お金は残せ」。三毒の一つ貪りの戒めとも聞こえてきます。
さすがは噺家の言い回しです。洒落ていますね。
「・・・ためるな。・・・残せ」
ちょっと寄り道して大喜利をやってみたくなりました。
それでは、早いのがとりえ、
「宿題はためるな。成績は残せ」
まあ、こんなところでしょうか。
「ストレスはためるな。スタミナは残せ」
「酒瓶は貯めるな。空き瓶は残せ」
一升瓶は早くカラにしてサッサと飲めということ?
血圧高め、メタボ亭主にはお医者さんが言います。
「脂肪は貯めるな。味噌汁は半分残せ」
遺産相続も大変です。
「借金は貯めるな。土地は残せ」
「土地は貯めるな。借金は残せ」
「財産はためるな。よい子を残せ」
寄り道が長くなりました。
先日山門前掲示板に「貪」の一字を書きました。
思わぬ反応がありました。
「最近お寺も困っていることがあるのですか?」
「貧・まずしい」に見まちがったようです。
「貧」は貝(財)と分に従う。まずしい、少ない、とぼしい、という意味で形は似ていても正反対です。
でもこの「貧」の字からは
♪ ぼろは着てても こころの錦 どんな花よりきれいだぜ♪♪
水前寺清子が浮んできます。
兄弟同士が分け合い、支えあうようすも連想されます。
それに引き換え「貪」の字からは遺産相続の兄弟喧嘩が浮んできたりします。
皆さんは「貪」の字から、どのような物が見えてくるでしょうか?
ある人が言っていました。
「貪は心の貧しいことを言う」
今日は「貪と貧」の話でした。
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